陣痛は弱まってきたものの確実に続いています。
土曜日の深夜、正確に言うと日曜日の午前二時過ぎに産婦人科へ入院し、朝には出戻ってきた私。
産婦人科に迎えに来てくれた主人は、陣痛を促すように一緒にがんばってくれて、陣痛が来た時に自分の事のように喜んでいたので、何だか拍子抜けした様子でした。
それから日曜日と月曜日、丸二日間、自宅で陣痛と共に過ごします。
主人にまた陣痛促進のツボを押してもらい、私は乳頭マッサージ。
陣痛を促す足首の内側の三陰交(さんいんこう)のツボは、かなり主人に押してもらったので、ちょっと触れただけで痛くなるようになりました。
拭き掃除もかなりやりましたから、家の床という床は、結婚してから一番きれいになっていたと思います。
散歩したいところでしたが、七月だったので、なかなか日中は外を出歩ける状態ではありません。
「出産間近だから」と、仕事を休んでもらった主人に、車で郊外のショッピングセンターへ連れていってもらい歩き回ります。
ほどよい冷房のきいた広いドラッグストアなんぞは、格好の散歩場所です。
商品を物色しているふりをしてかがんでいると、陣痛をこらえている妊婦さんには誰も思わないようです。
実際には、商品を目の前に、
「ふ~っ」
と、ソフロロジーの呼吸法をしているわけですが。
私の陣痛が本格的になってきて、入院するともなれば、家事をするのは私の主人。
一人暮らしで家事には手馴れているものの、幼稚園の子供もいますし、大変なのは容易に想像できます。
初産であれば、里帰り出産とか、実家の母親に来てもらうとか手段があると思いますが、今回の出産では家事は主人まかせ。
我が家大好物のカレーを多めに作っておきました。これで何日かは食いつなげることができるでしょう。料理をしながら、
「陣痛来た来た、ふ~っ」
と陣痛のたびにかがみこみながらソフロロジー出産の呼吸法をします。
こんな料理の風景は、人生これが最後かもしれません。
(また妊娠することがあれば?またこんなこともあるかもしれませんが今のところ未定)
それは月曜日の夜でした。
忘れもしない、リビングからは丸い月が見える夜です。
天気は晴れ渡り、満月、もしくは満月に近い月が手に取るようによく見える夜でした。
娘は早々に寝つき、私たちはテレビでドラマを見ていました。
しかもあれは『24』。
アメリカで人気のドラマです。ご存知の人には分かっていただけるでしょうが、非常に目が離せないスピーディーでスリリングなドラマです。
毎週一回欠かさず見ている『24』。
あの満月に近い夜は、24話で完結するこのドラマ『24』のたしか23回目だったか、かなりドラマ的には終盤にさしかかり、見逃せない展開。
ハイビジョンレコーダーがあれば録画するのですが、残念ながら持っていません。
お腹の方はというと、かなり陣痛が強まってきて、間隔も短くなってきました。
スピーディーなドラマのハラハラする内容も手伝ってか、陣痛の痛みも増してきました。
確実に陣痛は痛い。でも見たい。
でも息を吐いていればなんとかなるので、主人と
「これ終わってから産婦人科行こう」
という結論になりました。
陣痛に対しても二人とも慣れてきていました。(でも痛いです)
『24』が終わってから産婦人科へ「これから行きます」という電話をしました。
いざ出発前に、前回の入院で陣痛が弱まり帰宅した朝、非常にお腹が空いていたことを思い出しました。
私は帝王切開後の分娩、VBACということで、当初からダブルセットアップで出産する、と言われていました。
ダブルセットアップというのは、普通分娩を試みながら万が一の事を考慮して、いつでも帝王切開に切りかえることが出来るように点滴をしながら出産することです。
ソフロロジー教室では、
「陣痛が来始めても、食べてもらって大丈夫。体力を使いますから腹ごしらえして下さいね。」
と普通の妊婦さんは言われていましたが、私は帝王切開になる可能性も考えて、食事は一切控えなくてはなりませんでした。
「これからしばらくは食べられない!」
軽くパンをほおばってから家を出ました。